大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成5年(ワ)2523号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

理由

第一  請求

一  被告は、別紙自動販売機目録記載の自動販売機を撤去せよ。

二  被告は、自社の広告を付した自動販売機により路上で商品を販売する等の営業活動をしてはならない。

三  被告は、原告ら各自に対し、金一五万円を支払え。

第二  事案の概要

一  本件の要旨

原告らは、「違法自動販売機をなくす会」の会員であるところ、被告は、たばこ等の製造販売等を目的とする株式会社であつて、自動販売機をたばこ小売販売業者(以下「小売店」という。)等に貸与し、又は自ら設置して、たばこ及び清涼飲料の販売を行つているが、右自動販売機が道路にはみ出して設置されているため、原告らが通行に際し、障害・迷惑を受けているとして、「安全に快く歩く権利」に基づき、自動販売機の撤去、自動販売機による営業活動の中止並びに慰謝料及び弁護士費用の支払を求めたものである。

二  争いのない事実(当事者が明らかに争わない事実を含む。)

被告は、別紙自動販売機目録記載の自動販売機(以下「本件自販機」という。)を小売店に貸与し、又は自ら設置し、たばこを小売店に卸売し、清涼飲料を卸売又は販売している。本件自販機の大部分は、公道上の数センチメートルから六〇センチメートル以上はみ出していた。

本件自販機のうち、目録番号一ないし一三一の自販機については、もともとはみ出しがないが、既に撤去、移動、改装によるはめ込み及び薄型機との交換により、はみ出しがなくなつており、目録番号一三二ないし一三九の自販機については、原告らから口頭弁論終結の期日にされた請求の趣旨拡張申立てによつて、本件訴えの対象となつたもので、これに対する被告の主張がないため、これらの自販機に対し、被告がいかなる措置をとつているのか不明である。

三  争点

原告らは、被告に対し、「安全に快く歩く権利」に基づき、本件自販機の撤去、自動販売機による営業活動の中止並びに慰謝料及び弁護士費用の支払を求めることができるか。

第三  原告らの主張

一  「安全に快く歩く権利」の権利性

「安全に快く歩く権利」(以下「本件権利」という。)とは、国又は地方公共団体が一般公衆の通行のために開設した道路を一般公衆各自が他の一般公衆の通行の自由を侵害しない限度で、自由の通行できる権利をいう。

最高裁判所昭和三九年一月一六日第一小法廷判決は、「思うに、地方公共団体の開設している村道に対しては村民各自は他の村民がその道路に対して有する利益ないし自由を侵害しない限度において、自己の生活上必須の行動を自由に行い得べきところの使用の自由権(民法七一〇条参照)を有するものと解するを相当とする。勿論、この通行の自由権は公法関係から由来するものであるけれども、各自が日常生活上諸般の権利を行使するについて欠くことのできない要具であるから、これに対しては民法上の保護を与うべきは当然の筋合である。故に一村民がこの権利を妨害されたときは民法上不法行為の問題の生ずるのは当然であり、この妨害が継続するときは、これが排除を求める権利を有することは、言を俟たないところである。」とし、公道であつても、その道路を通行利用する国民の利益は、単なる反射的利益にとどまらず、国民には通行の自由権が認められ、これは私法上の通行の権利として保護され、これに対する妨害に対しては、不法行為による損害賠償のほか、妨害排除請求の保護が与えられることを認め、古くは、大審院明治三一年三月三〇日第二民事部判決も、道路の通行が各人に保護された私法上の権利であることを認めている。

二  本件権利の法的理論構成

1  人格権構成

歩くという行動は、人間の最も基本的な行動であり、日常生活に必要不可欠のものであつて、人間の人格的生存にとつて欠くことのできないものであるから、本件権利は人格権の一つとして構成できる。

2  自由権構成

前記最高裁判所判決は、道路通行の自由をそのまま権利として認め、自由権の一種として構成している。

3  物権構成

前記大審院判決は、「係争道路が原判決理由中に説示する如く公衆の通行すべき村道たる以上、これをその用法に照らすも、各人は他の各人の権利を侵害せざる程度に於て該村道を道路としてそのまま使用し、自己の生活行為の各種の作用を自由に行い得べき所の共同使用権を有することは明確なり。而してこの権利は公法上の関係より発生したるものなるにせよ、各自の生活上の必須且つ諸般の権利行使の要具にして、各人が当然これを有するものなれば、私法上に於ても、亦当然これを保護せざる可からざるものとす。これ故に、一個人にして他の一個人の共同使用を妨害したるときは、ただに公用物に関し公けの秩序を紊乱して公益を害したるのみに止まらず、併せて他の一個人の自由を侵害したるものなるを以て、この侵害たるや所謂不法行為なるに依り、たちまちその当事者に民法上の関係を生じ被侵害者に於て司法裁判所に出訴し、これが為め既に被りたる損害をその侵害者より賠償せしめ、又侵害者をしてその侵害物を排除せしむることを得べきは勿論なりとす。」(ひらがな、現代表記、当用漢字に改め、句読点を付してある。)とし、本件権利を道路の共同使用権とし、物権的に構成している。

道路は、実質的にはこれを通行する一般公衆の共有物であるという考えから、各人に道路の共同使用権を認め、この共同使用関係の保存行為として各人に妨害排除請求を認めるものである。

三  本件権利の特殊性

本件権利は、道路が一般公衆の自由な通行が可能な状態にあることを前提として、しかも他者の通行の自由を侵害しない限度で、各人に通行の自由を認めるものである。したがつて、本件権利に対する侵害行為には、ある個人の通行の自由のみを妨害する個別の妨害行為と一般公衆の自由な通行が可能な状態を妨害する妨害行為があることになる。後者は、道路に障害物を常時設置し、当該道路の通行者すべての通行の自由を侵害する場合である。

このような障害物の設置は、本件権利の前提となる自由な道路の状態を侵害するものであるから、本件権利の侵害の程度は極めて大きい。それゆえ、道路のかかる妨害行為に対しては、当該道路を通行する可能性のある者は誰でも、本件権利に基づいてその妨害の排除を請求できると解すべきである。

本件自販機の路上へのはみ出し設置は、まさに右の道路の通行自由な状態を侵害するものである。

四  本件自販機設置の違法性

本件自販機の設置は、前記の本件権利の特殊性からみても権利侵害性の大きいものであるが、それ以外にも次の点で違法かつ極めて悪質なものである。

被告は、日本専売公社を前身とする株式会社であり、現在も政府が一〇〇パーセント株主であり、法律の遵守が強く期待されるにもかかわらず、二四時間常時自動販売機を路上に設置し、未成年者に売つてはならないタバコを無差別に販売し、たばこ事業法による販売の許可条件に違反する路上販売を許している。しかも、被告は、これを小売店に宣伝し、勧誘し、自動販売機を貸与して設置させ、自動販売機の路上設置の普及活動を行つてきたのである。被告が小売店に自動販売機の設置を奨励するリーフレットには何の注意書もなく堂々と路上に設置した自動販売機を掲載させている。

本件自販機は、道路に全部又は一部はみ出して設置されており、これは道路法三二条、道路交通法七七条に定める道路当局、警察当局の許可を得ておらず、交通に妨害を与える点で道路法四三条二項、七七条、道交法七六条三項に違反し、道路法一〇〇条、道路交通法一一九条により懲役又は罰金の刑罰に処せられる犯罪行為である。したがつて、本件自販機による収益は、販売行為によつて得たものとして刑法八条、一九条によつて没収の対象となる。被告は一社で、その認めるだけでも二万四九〇〇台に及ぶ違法自動販売機を全国に設置するという大量販売を犯しているのである。

被告は、営利目的による自動販売機の道路上の設置により、二四時間、公共の道路の一部を事実上自己の店舗として完全に占拠し、道路上で営業を行つている。

本件自販機のうち著しいものは、その脚が道路に打込まれ又は道路上にコンクリートで固められている。

被告は、自社のマーキング機を組織的継続的に置かせている。

本件自販機は、道路にはみ出た分、道路が狭くなり通行の妨害となる外、その前で客が商品を購入したり、業者がドアを開けて商品、金員を出し入れしたりするため、通行する原告ら市民は、一メートル以上も通路を塞がれて通行を妨害される。

本件自販機は、道路の死角を生み、自動販売機で商品を購入したり、商品の搬入をしたりする自動車の不法な路上駐車等により交通事故の原因となる。被告のたばこのマークを付けた車が、商品搬入のため違法駐車をしている例も少なくない。

自動販売機営業は、路上等に散乱する缶、たばこのポイ捨てを促進する。

被告は、その企業規模、資金力からして、はみ出し自動販売機を用意に撤去できるのに、平成七年末までの撤去計画を公表しただけで、それまでは違法自動販売機による営業活動を継続しようとしている。

五  受忍限度論について

一般に妨害排除請求が認められるためには、侵害者の行為によつて生じた被害が請求者によつて受忍すべき限度を超えたことを要するとする見解(受忍限度論)がある。しかし、この受忍限度論は、妨害排除請求の相手方にも保護されるべき権利・利益が存する場合に問題となる基準であり、相手方に保護されるべき権利・利益がなんら存しない場合には問題とならないものである。とりわけ、本件自販機の路上設置は、前述のとおり道路法、道路交通法に違反する犯罪行為であり、いかなる意味においても、誰に対する関係においても全く法的保護に価しないものである。

六  「必須要件」「妨害要件」について

1  被告は、本件において妨害排除請求が認められるためには、権利主張者自身の生活及び業務において当該道路の利用が必須であること(以下「必須要件」という。)、当該道路の通行が不可能ないし困難という程度の妨害行為があること(以下「妨害要件」という。)、という二つの要件が必要であると主張する。しかし、本件権利の前記のような特殊性及び侵害行為の違法性からみても、このような加重な要件を課す根拠も、必要性も全くない。

「必須要件」は、妨害排除の請求者と妨害の存する道路との関わりを問題とするものであるが、基準が不明確であるだけでなく、不合理である。すなわち、どのくらいの利用回数、生活及び業務の本拠との距離等があれば、この要件を満たすのか全く明らかでない。また、例えば、一日一回の利用を要するとすれば、毎日は外出しない老人等には如何に通行を妨害されていても妨害排除を請求できないことになる。本件権利者と当該道路との関わりについては、現実に当該道路を通行する可能性があれば足りると解すべきである。原告らは、いずれも近畿圏に住居を有して生活しているのであるから、本件自販機の設置された道路を通行する現実的可能性が認められる。

「妨害要件」は、侵害行為の違法性の程度ないし受忍限度に関するものであるが、このような要件設定は、道路法、道路交通法違反の犯罪行為を横行させ、道路の私物化を許す結果となるだけである。

なお、被告は、「必須要件」、「妨害要件」を前記最高裁判所判決から導き出しているが、同判決は、前記引用のとおり通行の自由権を民法上の権利と解する根拠として「自己の生活上必須の行動」に言及しているのであつて、これを妨害排除請求の要件と判示しているわけではない。

2  被告は、下級審判例を引用しつつ、原告らが求める違法自動販売機の撤去請求は、「必須要件」、「妨害要件」を満たしていないというが、被告の引用する下級審判例は、いずれも特定の個人が特定の個人の通行を妨害している事案に関するものにすぎず、本件事案は、そのような事案と全く局面を異にしているものである。

被告は、違法なはみ出し自動販売機を全国中の公道に組織的に設置し、原告らを含む多数の人の通行を妨害しているのである。右のような妨害態様に応じた妨害排除請求の要件は、それ自体独自に検討されるべきものであつて、被告の引用する下級審判例に基づく要件整理では対応できないものである。

3  前記最高裁判所判決の意義は、村道などの公道の如く地方公共団体あるいは国が設置・管理する道路であつても、その道路を通行利用する国民の利益は、単なる反射的利益にとどまらず、通行の妨害者に対し妨害排除請求等を請求し得る権利と認められるということを明示したというところにある。

道路通行の自由という利益は、公共団体のものではなく、国民・住民にあるのであり、その意味で実質的な権利主体も国民・住民である。いわば、公共団体は、国民・住民の代理人として公道を設置・管理しているにすぎないもので、本人たる国民・住民こそが実質的な権利者である。反射的利益論は、右の点を看過した形式論である。

前記最高裁判所判決は、妨害排除請求権等の要件として、「必須要件」、「妨害要件」の必要性を判示しているものではなく、道路通行の自由は、反射的利益ではなく権利であることを判示したものであり、その権利成立の要件についてまで判示していないので、権利成立の要件については、事案に応じた要件化が必要とされるといわなければならないのである。

被告は、下級審判決から「必須要件」、「妨害要件」を読み取つているが、被告が援用する下級審判決の事案は、いずれもある個人が特定の道路の特定の場所に妨害物を設置し、特定の個人が道路通行の自由を妨げられているというものである。このような事案においては、事案の性質上必然的に妨害排除請求権の成立要件として「必須要件」「妨害要件」が抽出されることとなる。

すなわち、侵害されている通行の自由が特定の個人の利益であるため、当該個人にとつての道路通行の利益のみが保護法益の対象として取り上げられることとなり、そこでは権利成立要件にしぼりをかけるため当該特定の個人にとつての道路利用の必須性が要求されることとなる。逆に、侵害されている道路通行の自由が特定の道路の特定の場所に限定されているため権利成立要件にしぼりがかけられ、侵害態様についても通行不能又は困難という強度な態様が要求されることとなるのである。

しかし、本件事案においては、まず侵害されている通行の自由は、特定の個人に限定されたものではなく、まさに国民・住民多数人の通行の自由であり、ここにおいて対象となる法的保護の対象の利益は原告らを含めた国民・住民多数人の通行の自由である。

したがつて、権利成立要件を考える際の法益も、下級審判決の如く特定の個人の道路の利用状況という狭い範囲ではなく、原告らを含めた国民・住民多数人の道路利用という観点から別個に考察しなければならない。すなわち、被侵害利益の個数の圧倒的増加は、権利成立要件としての個人と道路利用との関係の要件(必須要件)を緩和すると解すべきである。生活上必須の道路とまではいえなくとも、当該道路を利用する一般的可能性があれば足りるといわなければならないのである。

また、侵害態様についても、本件においては、特定の道路の特定の場所に限定されたものではなく、全国中あらゆる道路において組織的に公道へのはみ出しが実行されている。したがつて、侵害場所の個数の圧倒的増加は、権利成立要件としての妨害要件を緩和すると解すべきで、妨害の程度としては、通行不能、困難に至らずとも、広い意味での通行の妨害となつていれば足りるといわなければならない。

以上のとおり、本件事案において、被告の主張する要件をもつて権利成立要件とすることは、保護法益、侵害行為の態様の相違という両面から見て妥当性を欠くものである。

七  被告と他の共同妨害行為の競合による妨害排除請求

被告が設置した本件自販機と同一場所に、はみ出し看板、放置自転車等の他の障害物が設置・放置され、これらが競合して、道路をほとんど全面的に閉鎖し、通行を不可能又は困難にするという事態がある。すなわち、本件自販機のはみ出しのみでは、道路通行は不能又は困難といえないが、他の障害物とあいまつて道路通行を不能又は困難としているのである。

右の場合、妨害行為が競合・共同して、被告のいう「妨害要件」を満たす程度の強い妨害状態が生じている結果となる。被告単独の妨害行為のみでは「妨害要件」を充足していなくても、他の妨害行為と競合して「妨害要件」を充足しており、本件自販機が通行不能・困難の重大な一因を作つている以上、被告は本件自販機を撤去する等の義務を負うといわなければならない。

第四  当裁判所の判断

原告らは、「安全に快く歩く権利」に基づいて、本件自販機の撤去、自動販売機による営業活動の中止並びに慰謝料及び弁護士費用の支払を求めているので、まず、原告らが主張する「安全に快く歩く権利」について、判断する。

原告らの定義付けによれば、「安全に快く歩く権利」とは、国又は地方公共団体が一般公衆の通行のために開設した道路を、一般公衆各自が他の一般公衆の通行の自由を侵害しない限度で、自由に通行できる権利としている。したがつて、「安全に快く歩く権利」は、「安全に快く」に格別の意味はなく、内容的には、最高裁判所昭和三九年一月一六日第一小法廷判決にいう通行の自由権と同一である(右判決は、「地方公共団体の開設している村道に対しては村民各自は他の村民がその道路に対して有する利益ないし自由を侵害しない程度において、自己の生活上必須の行動を自由に行い得べきところの使用の自由権を有するものと解するを相当とする。」と判示し、これを「通行の自由権」と表現している。)から、「安全に快く歩く権利」は、通行の自由権と同一の概念であると解することとする。なお、原告らは、「安全に快く歩く権利」の特殊性として、「安全に快く歩く権利」の侵害行為には、ある個人の通行の自由のみを妨害する行為(いわば個別の通行妨害行為)と、一般公衆の自由な通行が可能な状態を妨害する行為(いわば一般的通行妨害行為)があるところ、本件自販機のはみ出しによる侵害行為は一般的通行妨害行為であると主張しているが、これは、侵害行為が原告ら全員に対し共通で多数存在することを指摘しているものであり、「安全に快く歩く権利」に通行の自由権と内容的に異なるところがあることを主張しているものではないと解する。

前記最高裁判所判決は、「一村民がこの権利(引用者注・通行の自由権)を妨害されたときは民法上不法行為の問題の生ずるのは当然であり、この妨害が継続するときは、これが排除を求める権利を有することは、また言を俟たないところである。」と判示しており、通行の自由権が妨害されたときは不法行為が成立し、妨害が継続するときは妨害の排除を求める権利が生じるものである。そこで、本件において、通行の自由権の妨害ないし妨害の継続があるかどうかを検討する。

原告らの主張によれば、侵害されている通行の自由は、特定の個人に限定されたものではなく、国民・住民多数人の通行の自由であり、法的保護の対象の利益は原告らを含めた国民・住民多数人の通行の自由であるとしているが、現行の民事訴訟制度は個人の権利の救済を目的とするものであり、また、民事実体法は、個人を権利主体の単位とするから、原告ら各自が他人の受けた通行の妨害まで請求の根拠として主張することができないことは、いうまでもないことであり、右主張も、そのような趣旨を含まないものと解して、原告ら各自について、具体的に、各自の通行が妨害されたかどうかの観点から考察することとする。

本訴の請求の原因として、原告らは、いずれも近畿圏に住居を有しているのであるから、本件自販機の設置された道路を通行する現実的可能性があり、その通行の可能性を本件自販機の設置により妨害されたと主張しているから、原告ら各自に着目すると、原告らが主張している通行の妨害とは、現実に通行行為が妨害されているということではなく、本件自販機が設置された道路を将来通行することがあり、その場合に通行が妨害されるということである。しかし、原告らの肩書住所地と本件自販機の設置場所とを対比すると、原告ら各自が日常生活において本件自販機の設置されたすべての道路を通行するということは考えられないから、そのような通行の可能性はないというべきである。また、本件自販機の一部についてなら、原告ら各自が日常生活において将来当該自販機が設置された道路を通行する可能性があることは確かであろうが、前記最高裁判所判決が、不法行為が成立し妨害の排除を求める権利が生じるとした通行の自由権の妨害とは、現実の通行行為の妨害ないし妨害の継続であつて、将来通行した場合に通行が妨害されるというようなことまでは含まないことは、判文上、明らかである。したがつて、いずれにせよ、本件自販機の設置された道路を通行する可能性の妨害という原告らの主張を前提とする限り、原告ら各自と本件自販機との関係について、前記最高裁判所判決が認めた通行の自由権の妨害に該当する事実は主張されていないというべきである。なお、原告らの主張からすれば、原告ら各自が本件自販機のうちのいずれかによつて現実の通行行為を妨害されている場合があることはあり得るが、原告らのうちの誰と本件自販機のいずれとの間に右の場合が生じているかを特定する主張はなく、原告らは、右の場合を本訴の請求の原因としては主張していないものと解せられる。また、前記最高裁判所判決は、通行の自由権の妨害が継続するときは妨害の排除を求める権利が生じるとしているが、排除を求める権利が生じる場合としては、妨害が継続する場合だけでなく、解釈上、妨害のおそれがある場合も含まれると思われる。しかし、それは、現実の通行行為の妨害が発生するおそれのある場合だけであるから、以上の判断に影響を与えるものではない。

原告らは、「安全に快く歩く権利」について、前記最高裁判所判決を論拠とする以外に、論証するところはない。

第五  結論

原告ら主張の「安全に快く歩く権利」は、最高裁判所判決が認めた通行の自由権として存在するとして、原告らが請求の原因として主張する本件自販機の設置された道路を通行する可能性の妨害は、最高裁判所判決がいう通行の妨害ないし妨害の継続には該当しないので、その余について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は、いずれも失当であり、棄却することとする。

(裁判長裁判官 大島崇志 裁判官 岸本一男 裁判官 吉崎敦憲)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例